自己啓発・スピリチュアル

「生まれてきたことが苦しいあなたに」最強のペシミスト・シオランの思想

「完全に自由な選択こそ自殺だ!」

一体何を言っているのですか?以前の記事で「自殺はやめとけ」とか言ってましたよね?矛盾しています。やはりあなたアタオカの方だったのですね?いい加減にして下さい。けしからん粉を服用なされたのですね?大概にして下さい。遊びじゃないんです。…だ…だだ…だ…

脱糞だッ!!

ご来訪頂きまして誠にありがとうございます。夕凪と申します。

今回はルーマニアの思想家「エミール・シオラン」の思想を元に、悲観主義(ペシミズム)により楽に生きる術を考察していきたいと思います。

ペシミズムとは

簡単に言うと「生きる事を嫌悪する思想や態度」を意味する。

人生の勝ち組・負け組なんてよく言いますが、勝ったからといってまたは負けたからといって、それが一体何になるのか?結局人生そのものが何の意味もないムダなものでしかない。だから人生は苦痛そのものだと考える。こういった悲観的な考え方を「ペシミズム」という。

だからこそ、いざとなったら命を断って全てから逃げ出せる。いざとなったら死ねることであらゆるものの希望になるという考え方です。

勤勉はクソ。怠惰こそ美しい。

なぜ犯罪がおこるかと考えると、良い生活などの「より良いもの」を求めるから。日々変化をする事を求めている。変化しないと決めてしまえばどうか?何も変わらず怠惰に生きて行けば人と競う必要もなくなる。みんなが怠惰を受け入れればムダな競走は必要なくなり争いがなくなる。生活するお金がなくなり盗みを働く人が出ると考えるがそれにもエネルギーが必要。それすらも面倒だと思ってしまえば悪行を働く人もいなくなる。

つまり私達は努力し合い競い合うからこそ勝ち負けが生まれ、人を支配したい、人より優位にいたいと考え争う世の中になってしまう。あらゆる人が怠惰になり、本当の意味でただ生きるだけに働き、ただ部屋でじっとしている事に耐えれば、競走・奪い合いもない平和な世界になると考えている。しかしそんな事は不可能です。だからこそこの世界は無意味に争い合うくだらない世界だとシオランは問うのです。

ではそんな世界でどう生きていけば良いか?

こんな世の中において、完全に自由な選択こそ自殺だ。

自らの選択と行動によって一切を終わりにできる。この感覚だけで自分に対する信頼と自信が湧いてくる。

自殺の観念ほど健康に良いものはない。生きる助けになるものはない。死のうと思えばいつでも死ねる。これ程の希望はない。これ程人生において自由な選択はない。最悪死ねるというのはある意味で何より救いになる。望めばいつでも逃げ出す事が出来る。いつでも「死」という逃げ道が用意されている。そう考える事で私達は自分の人生を支配でき、むしろ今を自由に生きる事が出来るのです。

最悪死ぬだけだと思えれば将来に希望がもてます。失敗しても死ねばいい。周りと違う事をする勇気をもてる。自殺の観念ほど生きる助けになるものはない。

私達はどうせ死ぬ儚い存在だ。過去の生きた人の痕跡はまるで存在しなかったかのように消えてしまっている。たとえ名を残したとこでそれが何になるというのだ。人生のあらゆるものは全て徒労。これはネガティブな事ではありません。

人生に意味がないというのはある種の喜びであり生きる理由となる。子孫を残すため?労働するため?「生きる意味」なんてものが具体的にされたらその時点で私達に自由はなくなる。生きる意味の奴隷になってしまう。

事実現代の多くの人は「何者かになろう」「人生に意味を見出そう」と必死に何かやらなければと考え、努力や労働をします。そのせいで苦しんでいる人は大勢いるのではないでしょうか?

人間のする事など全て徒労。生きる意味なんてない。としてしまえば何をやっても良い事になる。(じゃあ犯罪を犯しまくってもいいんですね?というガキみたいな意見はなしで!他者の生活・生命を阻害する権利は誰にもないのは大前提)

生きる意味なんてない。何をやってもムダという事は、生きても死んでもムダ。どうせ全てムダなんだから辛い事があっても別に悲観する必要もない。この世界で救われるのはそもそも生まれない事。生まれてしまったなら解脱しかない。

解脱とは

仏教用語で煩悩や束縛を離れて精神が自由になる事をさす。感情という重荷をおろし何事にも執着しなくなる事で人生から解放される。生きながら死んだように「無為」の状態になる事。何事にも感情を動かされず流れに任せられればあらゆる苦しみから解放される。

自殺という可能性がなかったら、私はとうに自らの命を絶っていただろう。byシオラン

彼は結局自殺する事もなく、解脱に至る事も出来ず、84歳まで生き病院のベッドで安らかに生涯を終えます。

ペシミズムとはこの世に存在する苦しみを味わう術。つまり生きる知恵であり苦しみを楽しむ術なんだよ!byシオラン

つまり「強めのM」だという事で宜しいですね!

以上、悲観主義「ペシミズム」について述べてきましたが、人類が全員怠惰になれば平和な世の中になるとか極論すぎて「ん?」みたいな提唱もありつつ、なるほどなと思う事もあり、最悪死ねばいいというのも、自殺という行為を後ろ向きにとらえるのではなく「死」というものを後ろ盾にし達観して生きる。というのであれば私も共感するものがあるなと思いました。

シオランも結局は自殺する事なく84歳まで寿命を全うした事からも、やっぱり私の結論として「自殺はやめとけ」です。

死後の世界はあるのか?

死後の世界があるのかないのか、真実はわかりませんが、「ある」と信じた方が現世を生きる上でも得かなと思っています。

死後の世界を信じる事で…

  • 「やがて帰るところがある」という意識になる。
  • 「なぜこの世に生まれたのであろう」と疑問がわく。
  • 「生まれた意味・目的」を考えて日々を生きる。
  • 「自分の生き方の方向性や情熱を向けられるもの」に出会いやすくなる。

よって今この瞬間を大切に生きられる。

死後の世界がないと考える人は、お金、物、名誉を追いかける「唯物主義」にはまる。なぜか?死んだらおしまいと思う為この世の快楽を一番に優先し執着するから。そして快楽が得られなかったら生きている意味がないと思い絶望し、「病み」または「闇」の思考にはまりやすくなる。

こう考えていくとはなからこの世に執着しない「ペシミズム」は楽に生きる術として有効な気がしてきましたね。

最後に

私は死んだ後どうなるか知りたいし興味があり、死ぬ事を少し楽しみにしている面があります。だからといって死を恐れていないわけではなく、本気で自殺したいと思った事もないです。

どうせ必ず死はおとずれるのですから、それまでは現世の酸いや甘いを存分に味わっておけばいいじゃないかと思っています。

楽しみは後に残しておく派です。

ここまでお読み頂きましてありがとうございました。

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